2018年6月1日金曜日

菖蒲前(あやめのまえ)の史実についての仮説


菖蒲前(あやめのまえ)の史実についての仮説

はじめに
世の識者が源三位頼政の室菖蒲前の存在を知ったのは「源平盛衰記」一六「菖蒲前の事」を読んだことに始まる。その後「太平記」などを通じて全国的に菖蒲前は絶世の美人として楊貴妃に例えられる有名人となった。
 しかし菖蒲前の出生については現在まで手掛かりは知られていない。
 東広島市と広島市には古くから(鎌倉時代初期から)菖蒲前に関連の深い神社が存在していた。すなわち菖蒲前は「源平盛衰記」が成立する(鎌倉~南北朝)以前から知られた人物であった。
 東広島市には菖蒲前を祭神とする小倉神社があり、広島市には菖蒲前の遺志で創建した椎木八幡宮(現鶴羽根神社)が存在した。(文末に広島県神社誌記事を掲載)
 論考 「源平盛衰記」に「菖蒲前」が掲載されたプロセス
 小倉神社は草深い山中に位置するため旅人に知られることはない。
 一方、椎木八幡宮は奈良・西大寺の荘園である牛田荘に隣接した場所にあり、旅人に源三位頼政の室菖蒲前が創建した神社として旅道中の話題となり、誰かの筆になり「源平盛衰記」の説話になったものと考えられる。

 (参考)
①旅の道中で小耳にはさんだ話題が後に書物に記載される例はある。東広島市寺家に伝わる「幸熊丸伝説」は説話集「三国伝記」に掲載されている。
②東広島市には菖蒲前関連寺社が約10社、文書約10通が現存する。
地元原小学校では伝承を総合表現で伝える
校章は菖蒲をデザインにしている

「広島県神社誌」の主要記事。小倉神社

     東広島市八本松町原四六二(西長沢)
祭  神 菖蒲前霊(源頼政公の室)
例  祭 八月二十七日(旧暦)
由  緒 源三位頼政は治承四年(一一八〇)平氏追討の兵を挙げたが敗死し、その室の菖蒲前は当地の小倉山に隠れ、元久元年(一二〇四)八月二十七日に没した。里人、菖蒲前を祀りて一社を建つと伝える。永禄三年(一五六〇)、毛利氏が甲胄と神田を寄せている。その後、元文三年(一七三八)に火災により焼失し、翌年に本殿を再建している。また、当神社は山上に位置して参拝に不便なため、山麓に神楽殿(遙拝所)を明治四十四年に造営した。


テキスト ボックス: 小倉神社

鶴羽根神社(旧称椎木八幡宮)


     広島市東区二葉の里二丁目五の一一
テキスト ボックス: 鶴羽根神社祭  神 品陀和気命、帶仲津日子命、息長帯日売命
例  祭 十月二十九日
由  緒  源頼政の室の菖蒲の前が賀茂郡西条郷(現、東広島市西条町)に落ち延び、その没後に遺志により元久年間(一二〇四)家臣池田左衛門が当神社を創建し、修理料として椎木を付けたので椎木八幡宮と称した。その後、元亨年間(一三二一~四)に火災に遭い.また後の戦乱により荒廃したが、近世になって復興された.天保四年(一八三三)二月十二日、明星院より出火して類焼し、同六年に現在地に遷
座して社殿を再興した.旧鎮座地は饒津神社の境内地の一部となっている.明治二年に鶴羽根八幡宮、同五年に鶴羽根神社と改称した。
 
小倉神社


小倉神社拝殿


菖蒲前が言い残したという言葉を刻んだ

鶴羽根神社


東広島郷土史研究会 井東 茂夫氏の考察による。

2018年5月26日土曜日

5月例会が行われました

5月例会がおこなわれました。

開催場所 西条町下見福祉会館5月26日 13時30分~
例会次第

会場は下見福祉会館
このところ参加者が40名を超えることも多く
広い会場を確保する必要があるため
うれしい苦労があります
 発表1激動の時代 幕末維新の郷土の世相
~教善寺文書に見る
田坂氏による発表


発表2 安芸・備後の南北朝動乱と情報合戦
竹本氏による発表

説明を追加
今回からワンポイントコーナーがあり
福村氏による東広島市の文化財の紹介があった。
以下、第34回東広島の史跡文化財を見て歩く会結果
鏝絵見学会 6月17日(日)9時から案内
6月例会会場案内 東西条地域センター案内
志和会 高屋会案内
などがあった。

2018年5月21日月曜日

志和町の3つの滝

志和町の三つの滝を紹介

東広島市は比較的なだらかな平野であるが、志和盆地は700ⅿ級の山に囲まれ大田川の支流である。
その700ⅿ級の山から流れ落ちる滝は見事なものである。数ある中の3ヶ所を紹介する。
いずれも、東広島市地域では最大級の滝で、江戸時代広島藩主9代の浅野重晟に仕えた絵師岡みん山によっても描かれている。最近の滝の状況を撮ったので紹介する。
松ケ滝

生城山、標高488ⅿの日の出

志和盆地のほぼ中央に位置する生城山、標高488ⅿの日の出である。


生城山城
(おうぎやまじょう)

詳しくは山賊ブログへ


2018年5月18日金曜日

平成30年春の臨地研修 吉備路 2

平成30年春の臨地研修 吉備路 2


大名行列が有名で、奴さんを題材にしたデザイン
矢掛町のゆるキャラ やかっぴー
ウグイスの男の子だそうです



やかけ町家交流館

昼食はちょっと離れて総社市へ

白壁の里 庄屋でランチ






こうもり塚古墳







石室内部に入れます

親子三人の埋葬ではないかと
思われます。

加工しやすい貝殻凝灰岩の石棺
盗掘のあとが生々しい

天井にはこうもりがいました。

ガイドさんから古墳の説明を
うけております。

向こうの森が国分尼寺跡


こうもり塚から備中国分寺にいってます。
因みにこの辺りが古代山陽道があったところです。

備中国分寺

緩やかな傾斜地で坂の途中に
南門 中門がありました。

備中国分寺の説明をうけております。


現在の山門

客殿 勅使門。

平山郁夫画伯が描いた位置より同じ構図で


礎石を利用したものか

本堂



本堂 正面

本堂内部 中央に薬師如来が

勅使門

客殿 玄関 唐破風が見事です


重文 五重の塔




鬼ノ城 古代山城


復元 西門

戦国時代山城が向かいにある

版築の城壁


廻りはがけ


西門で記念撮影

門の中で石畳や版築を堪能

門の内部
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