寺家城跡(じけじょうあと)
場所 東広島市西条町寺家城の内と呼んでいた。今は山林に成っている。
やや高い所に、東西48m・南北72mの長方形で空堀・土塁をめぐらせた土居屋敷形式のもの、平賀氏の家臣原田氏が在城したと伝える。
1989年(平成元)国道2号バイパス(現国道2号)建設に伴い、南西の一部分が発掘された。
堀の底面から備前焼大甕の破片が出土、城館は15世紀後半から16世紀後半まで昨日していたと思われる。<飯田米秋>東広島の歴史事典-東広島郷土史研究会編
東広島郷土史研究会内の専門研究グループの活動状況をブログで紹介します。古文書研究、巨樹・植物研究,石造物研究、四日市町並研究、山城探訪会、原爆資料保存研究の各グループに加え、西条、志和、高屋、八本松の4地域に交流会が発足し活動状況が投稿されます。 東広島郷土史研究会 公式サイト:http://higashihiroshimakyoudoshi.web.fc2.com
| 平泰寺阿弥陀種子板碑 (へいたいじあみだしゅじいたび) 年 代 南北朝時代 暦応二年(1339) 形 状 花崗岩 高さ98cm 横30cm 縦15cm形 式 整形板碑 種 子 キリーク・阿弥陀如来(荘厳体) 銘 文 暦応二年 行□ |
| 平泰寺一石五輪塔 (へいたいじいっせきごりんとう)年代 不明 形状 高さ76cm 横24cm 縦25cm 銘 文 無銘 |
蔵田備中守供養塔
(くらたびっちゅうのかみくようとう)
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所在地 東広島市西条町寺家
年 代 室町時代 大永三年(1523) 形 状 花崗岩 高さ113cm ヨコ50cm タテ20cm 大永三年六月二十八日 概 要 蔵田備中守房信は西条を本拠とする武士で、
実名を房信といい、周防大内の代官として
鏡山城に在城していた。大永三年(1523)六月、
出雲尼子氏に鏡山城を攻められ、善戦したが
味方の裏切りにあい、他の城兵を助けるため
に切腹したと伝える。
この碑は元は西条東の田の溝に掛かって橋に使われていたが
ここ平泰寺へ移された。
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| 蔵田房信 供養塔 |
| 文化財案内看板 |
| 長福寺跡 |
| 西条柿伝承地 |